こんな自由も有りか

 一国のトップを的に描いた映画、伝記物語ではない、それが話題になっている。
これに関する報道の中心は「制作会社がサイバー攻撃を受けて、表現の自由が侵された」に集中している。
自由は絶対に大切であり、侵されてはならないし、侵してもならない。
しかし何を云っても良いものでは無いだろう。
 
 例えば日本のトップ(トップは誰かは今回は述べないが)を暗殺するような映画を誰かが
創ったらどうだろう。しかも、仲間内でこそこそと観賞するなら未だしも、堂々と世間に公表されて、自由だからと笑っていられるだろうか。
 作成したのが教育、思想の遅れた国なら未だしも、世界のトップクラスを自認する国々である。(国々と複数表記しました。)
他人(国)を思いやる余裕というか思いやりに欠けるのが寂しい。
この角度からの報道が聞こえてこないのが気にかかる。「報道の自由」「相手を思いやる」どちらも大切でしょう。
だが不快感は無論、反感をもたらす自由はたとえその内容が誤りでなくとも 相手を正す力は失せるだろう。
思いやり、おもてなし、絆を殺伐とする世界の中で唱える国でありたい。
 映画興行は大成功の様子、不快に思わずむしろ拍手喝采と言ったムードも恐い。
報道関係も多数に馴染み、大衆受けを狙い、一方に偏る。
大衆に迎合し、強い方になびく姿勢は戦前から進歩なしか。
商売第一がみえ見え、報道の自由、人権擁護を第一義とするようには見えない。
蛇足: 自由を侵害する行為は糾弾して当たり前である。
    叱られた者(違法行為)も納得しやすい方法を希望しているのである。
    少しでも緩むと付け上る相手もあるだろう、そこが報道プロの見せ場でしょう。
    誤解を恐れて一言加えました。
    今まで政治的な事は遠慮してきたが、今年から少しは述べてみたい。